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仙台地方裁判所 昭和41年(ワ)900号 判決

原告 吉田和子

原告 徳増光子

原告ら訴訟代理人弁護士 神谷春雄

被告 高橋勝夫

〈ほか三名〉

被告ら訴訟代理人弁護士 伊藤俊郎

同 渡辺大司

同訴訟復代理人弁護士 佐藤昌利

主文

原告らの被告らに対する請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は、「被告らは、連帯して、訴外宮城県美容環境衛生組合に対し金七二万六四八二円及びこれに対する昭和四二年一月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、請求原因として、

一、被告らはいずれも環境衛生関係営業の運営の適正化に関する法律(以下、単に法という。)に基づき設立された宮城県美容環境衛生組合(以下、単に組合という。)の理事(昭和三九年五月から同四一年五月までの間は、被告高橋勝夫が副理事長、同播磨、同畠山が常任理事、同佐藤が理事であり、同月一六日の役員改選後は、被告高橋が理事長、同播磨、同畠山が副理事長、同佐藤が常任理事となった。)である。

二、又、組合定款によれば、同組合はその議決機関として総組合員の半数以上の出席をもって構成する総会及び総会に代るべき総代会を有し、右機関により事業計画等を議決し、理事は理事会を組織して業務の執行にあたり、常任理事は理事会に代り業務の執行を決する旨定められている。

三、(一) 被告らは昭和四〇年五月一七日組合の第六回通常総代会において養成施設設立の事業案(敷地買収手附金五万円の支出を含む目論見書、以下本件事業案又は本件目論見書という。)を提出して右養成施設設立につき賛成の決議を得たものであるが右事業案は、その先例として記載された栃木県美環組合立学校決算書の当期純利益を一〇〇万円水増しして、二九七万二七二三円としている外、右養成施設における予想損益についても収益として収容人員一〇〇名のところ一三〇名分の入学金授業料を計上等し、費用として建物備品什器の減価償却費、固定資産税を除外する等、その記載において多くの虚構を重ねているばかりか、建築費についても不当に廉価に見積り、電気工事の必要性あるいは塀、便所、洗面所等の設置を考慮しない杜撰な計画案であり、のみならず、右事業案において被告らは教育施設建設資金として一、〇〇〇万円の銀行融資を予定していたが、右融資を受けるに付何ら確たる担保設定の目途もなく、そのため右融資を受けることができず、結局右事業計画は失敗に終ったものである。

(二) また前記総代会においては本件事業案を承認したことはなく、単に養成施設を設立する旨の決議がなされたにすぎず、本件事業案については再検討を要するものとして具体的計画は設立準備委員会(建設委員会)を設けこれに諮って決する旨決議していたのであるから、理事会としては右委員会に諮問して具体案を策定し、これに必要な予算案を付したうえ改めて総代会ないし総会に提案し、その承認を得たうえでこれを執行すべきものであるにもかかわらず、被告らは右措置を措ることなく独自の判断に基づいて本件事業案を執行したものである。

(三) しかして、被告らの以上の各行為はいずれも理事としての忠実義務ないし善良なる管理者としての注意義務(法三九条、商法二五四条三項、同条の二、民法六四四条)に違反するものであるから、被告らは組合に対し法三四条一項により、本件事業計画の執行上生じた次の損害を連帯して賠償すべき義務を負うものである。

四、組合は被告らの本件事業の執行により、敷地買収手附金として支払われた金二〇万円を含め別紙記載のとおり合計金七二万六四八二円の支出をなし、もって同額の損害を蒙ったものである。

なお、右金七二万六四八二円の経費は、昭和四一年五月一六日の組合通常総会において被告らが作成提出した養成施設関係特別会計収支報告書(以下、特別会計報告書と略称する。)に記載されたものであり、右諸経費の外にも、一般会計費目のもとに本件事業執行の経費として支出されている金員が幾多存在するのではあるが、本訴においては右特別会計報告書に記載された右金員のみを損害として主張するものである。

五、原告らはいずれも組合に対する後記請求時より六ヶ月前から同組合の組合員であり昭和四一年八月二六日付内容証明郵便をもって、同組合に対し被告らの右責任を追求する訴の提起を請求し、右書面はその頃同組合に到達したが、同組合は右書面到達後三〇日を経過するも右訴の提起をしない。

よって原告らは被告らに対し、法三九条、商法二六七条一項、二項に基づき、被告らが組合に対し前記損害金七二万六四八二円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和四二年一月九日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払をなすことを求める。

と述べ(た。)

《立証省略》

被告ら訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決を求め、請求原因に対する答弁として、

一、請求原因第一、二項の事実はいずれも認める。

二、同第三項中、

(一)  (一)の事実は、被告らが組合立養成施設の設立を計画立案し、原告主張の通常総代会に目論見書を提出して承認の決議を得たことは認めるが、その余は否認する。

(二)  (二)の事実は否認する。

(三)  (三)は争う。

三、同第四項中、組合が本件事業の経費として原告主張の金員を支出したことは認めるが、その余は否認する。

四、同第五項の事実のうち原告らが組合の組合員であることは認めるが、その余の事実は否認する。

と述べ、被告らの主張として

一、組合の前記第六回通常総代会においては、本件事業実行のために設立準備委員会を設置し、養成施設設立に関する一切の行為を同委員会に一任すること、右委員会の委員は理事長がこれを選任することが決議され、その結果、昭和四〇年五月二一日、理事高橋勝夫、同畠山辰三らを含む一一名が右委員会の委員に任命され、訴外浅野秀を委員長として養成施設設立の任にあたったものである。

二、ところが、右養成施設の設立につき、昭和四〇年六月三〇日施設用地の売買契約を締結し、銀行からも融資の約束を取りつけるまでに進展していたところ、その頃から右養成施設の設立に反対する趣旨の文書が流布され始め、銀行からの融資を妨害する等がなされたうえ、同年一〇月上旬には組合仙南支部名義の反対声明文が発表されるに至ったことから、同月九日に開催された設立準備委員会並びに理事会において、これらの反対を押し切って養成施設の設立を強行することは相当でないと判断し、その設立を一時中断する旨決定したものである。

三、したがって養成施設設立に関し被告らに何らの任務懈怠も存しないし、諸経費の支出も正規の手続に従いなされたものであるから、被告らには何らの責任もない。

なお本件のように事業計画の大綱につき総代会の承認を得ている場合の理事の過失の判断にあっては、その執行につき理事に悪意又は詐欺的行為が存するものでない限り、過失を認定することは相当でなく、いわば素人の集団ともいえる本件においては尚更のことである。

と述べ(た。)

《立証省略》

理由

一、原告らが、環境衛生関係営業の運営の適正化に関する法律に基づき設立された訴外宮城県美容環境衛生組合の組合員であり、被告らが同組合の理事(昭和三九年五月から同四一年五月までの間、被告高橋は副理事長、同播磨、同畠山は常任理事、同佐藤は理事)であったことはいずれも当事者間に争いがなく、《証拠省略》を総合すると、原告らはいずれも組合に対する後記請求時である昭和四一年八月二六日の六ヶ月前から同組合の組合員であること、原告らが昭和四一年八月二六日付内容証明郵便をもって同組合に対し、本件養成施設設立に関する被告ら理事の責任を追求する訴の提起を請求し、同書面がその頃同組合に到達したにもかかわらず、同組合が同書面到達後三〇日を経過するも右訴を提起しなかったものであることが認められ、右認定を左右する証拠はない。

二、(一) ところで被告らが組合立美容学校(以下養成施設という。)の設立を計画立案し昭和四〇年五月一七日開催の第六回通常総代会において右養成施設の設立について賛成の決議を得たこと、被告らが右養成施設設立の事業計画を執行したが途中においてこれを中止するに至ったこと、組合が右事業計画遂行上の経費として敷地の買収手附金二〇万円を含む金七二万六四八二円の支出をなしたことは当事者間に争いがないところ、原告らは、右に関し被告らに請求原因第三項の(一)及び(二)において主張する、理事としての善良なる管理者の注意義務ないし忠実義務の違反があり、これによって組合に対し右金七二万六四八二円の損害を与えた旨主張する。

(二) 思うに組合の理事は、その業務の執行に当り、善良なる管理者の注意をもって、法令、定款及び総会の決議に従い組合のために忠実にその職務を遂行することを要することはいうまでもないところであって、若し理事において右の注意義務に違反しこれによって組合に損害を与えたときはその理事が組合に対し連帯して損害賠償の責に任ずべきものであることは法三四条一項によって明らかである。

しかしながら一般に企業の理事者がその任務遂行に当って用うべき善良なる管理者の注意義務の具体的内容は、企業の規模種類業務の内容等によって異るべきは当然であって、それが如何なる事業をなすべきか等の経営方針ないし政策に関する事項に属するものであるときは、たとえ実行に移した事業計画が終局的に成功しなかったとしても、それがその必要性ないし実現の可能性に関する判断を明らかに誤り何人がみても無謀と認められるような計画であったり、或いは不正、不当な目的、方法等でなされたものでない限り、その経営手腕等について批判をうけるは格別、それについて理事者は損害賠償の責を負うものではないと解すべきである。

(三) 本件について、本件養成施設の設立に関する事業計画が実行されるに至った経緯及びそれが中止されるに至った経緯、理由等についてみるに、《証拠省略》を総合すると、

(1)  組合はかねてより組合員の間に要望のあった組合立美容学校を設立すべく、昭和四〇年一月に開催された理事会において右美容学校の設立方を、次に開催が予定されている組合の総代会(同組合の最高の意思決定機関としては定款により総会及び総会に代るべき総代会が設けられ、当時は総会と総代会が一年毎に交互で開催されていた。なお総代会は組合員一〇名に一名の割合で各地区毎に選出された総代により構成されるものである。)に提案する旨決定し、その後理事長、副理事長、常任理事らにおいて、他県における組合立美容学校の実情視察、養成施設用地候補地視察あるいは銀行融資対策としての陳情その他養成施設設立のための準備、調査を行い、当時副理事長であった被告高橋が中心となって本件目論見書を作成したうえ、昭和四〇年五月一七日振興相互銀行会議室で開催された同組合第六回通常総代会に第六号議案「組合立仙台美容高等学校(仮称)設立について承認を求むるの件」としてこれを提案したこと、

(2)  右議案について、理事長から右議案を提案するまでの経過を説明し、更に執行部の高橋企画部長から参考資料として配布した印刷物(組合立学校設立目論見書)によって設立する施設の規模、資金調達の方法、金額、借入金の返済予想等について説明した後質疑応答がなされ、代議員からその事業内容、将来の見通し、用地の選定あるいは各個組合員に対する資金の割当等につき質疑及び意見の表明がなされた後、養成施設設立の賛否について採決に入り場内多数の拍手をもってこれが可決されたこと、

(3)  右総代会における右提案についての質疑応答中に代議員の中から設立を前提として「設立準備委員会を設置する必要がある」旨意見が出され、これに対し執行部も「設立準備委員会を設置し、一般組合員の意向を尊重しつつ慎重に検討して実施する。右準備委員会の構成はその成立後直ちに各支部に通報する」旨答弁しその前提で右の承認決議がなされたので、組合の理事会はその後直ちに設立準備委員会を設置して設立に取組むべく事務を進め、理事長において設立準備委員一五名を選任したうえ、昭和四〇年六月一〇日にその第一回の同委員会を開催し、同委員会において、理事長自身を委員長に選出した後、用地買収の件、組合員からの資金借入(資金の分担割当)の件その他の事項につき審議を遂げ、用地については坪当り一万八〇〇〇円の価格をもって買収にあたり、契約に際して金二〇万円の手附金を支払うこと、前記総代会で提出された本件目論見書のうち、訂正すべきは訂正すること、組合員よりの借入は五回払とし全員の協力方をニュースで要請し、払込みは七十七銀行に直接振込むこと、その他詳細の具体的事項については同委員会で決定した基本方針のもとに委員長に一任すること等を決定したので、理事会は右委員会の決定に従って養成施設設立の事業を執行し、昭和四〇年六月三〇日、訴外佐々木酉治を売主、組合を買主とする土地売買契約を締結しその際前記設立準備委員会の決定に従い金二〇万円の手附金を右佐々木に支払いまた組合員に対して借入金の割当を行い、一部組合員から現実に払込みも受け、更に七十七銀行からの資金借入についても金一〇〇〇万円を理事の個人保証を条件として借受ける旨、銀行との間に一応の合意に達したこと、

(4)  ところが、養成施設の内容及び右決定事項を一般組合員に周知徹底させる段になって一部組合員の間から養成施設の設立に反対する声が出るようになり、昭和四〇年八、九月頃には組合の仙台南支部を中心として、銀行に対し融資反対を働きかけあるいは組合員に対し設立に反対する旨のチラシを頒布する等活発な反対運動が展開され、遂には同年九月二七日、仙台南支部組合員一同の名をもって養成施設設立に絶対反対し、各理事の責任を追求する旨の声明書が組合員に頒布されるに及び、交渉委員会を結成しての反対者説得交渉も不調に終ったことから、同年一〇月九日に合同して開催された理事会、設立準備委員会、交渉委員会の席上、以上の反対の経過を踏まえ、組合部内の混乱を避ける趣旨をもって養成施設の設立を一時中止することに決定し、更に同月一八日合同して開催された理事会、支部長会、設立準備委員会においても同様の決議がなされ、ここに養成施設の設立は中止されることとされ、その結果として用地買収の際支払った前記手附金二〇万円も前記売主の佐々木に没収されたこと、

(5)  以上の経過をもって養成施設の設立が中止されたことから、組合の理事会は右養成施設の設立につき別紙のとおり合計金七二万六四八二円を支出した旨の特別会計を組み、昭和四一年五月一六日に開かれた第五回通常総会にこれを提出してその承認を受けたこと、

を認めることができ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

三、(一) 原告らは、本件養成施設設立の件については、第六回通常総代会において単に養成施設を設立することを承認する旨の決議がなされたにすぎず、具体的計画は設立準備委員会(建設委員会)を設けこれに諮って決する旨決議されたのであるから、理事会としては右委員会に諮問して具体案を策定し、これに必要な予算案を付したうえ改めて総代会ないし総会に提案し、その承認を得たうえでこれを執行すべきものであるにも拘らず被告らは右の措置を措ることなく独自の判断にもとづいて右事業の執行をした旨主張するが、右総代会においては設立準備委員会を設置し、一般組合員の意向を尊重しつつ慎重に検討して実施することを前提として養成施設設立の承認を可決する決議がなされたものであること前記認定のとおりであるから、被告らが右承認の決議がなされた後設立準備委員会を設置し、同委員会の決定した方針に従って本件養成施設設立の事業を進め、設立準備委員会等の会議に要した費用その他土地取得に要する費用等の支出をなしたことに何ら善良なる管理者の注意義務違反があるとは認められず、原告らの右主張は理由がない。

(二) 次に原告らは、第六回総代会において被告らが提出した事業案(目論見書)は多くの虚構の事実を含む杜撰な内容のもので、このような事業案を漫然立案して計画を実行したことに善良なる管理者の注意義務違反がある旨主張するが、第六回総代会に提出した事業案(目論見書)に多少杜撰な点があるとしても、右の事業案は参考資料として提出されたものにすぎないものであって、本件全証拠によるも、養成施設を設立しようとする本件事業計画それ自体が何人がみても無謀な計画と認められる程必要性のない或いは実現の可能性のない計画であるとは認められないし、本件事業計画の立案遂行が被告らにおいて自己の利益を図り或いは組合に損害を与えるというような不正、不当な目的、方法の下になされたものであることを肯認するに足る証拠はないから、本件養成施設の設立に関する事業を計画、遂行したことについて被告らに善良なる管理者としての注意義務違反ないし忠実義務違反があるということはできない。

四、してみれば、本件養成施設設立の事業計画の立案、遂行について被告らに理事としての善良なる管理者としての注意義務ないし忠実義務違反があったものとは認められないから、被告らに理事としての任務懈怠があることを前提として本件養成施設の設立計画遂行上の経費として組合が支出した金七二万六四八二円につき被告らにその賠償を求める原告らの請求はいずれも失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤和男 裁判官 後藤一男 宮岡章)

〈以下省略〉

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